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一級建築士事務所 Eee works

Column コラム

『住まいを考える』シリーズ家づくりのはじめに暮らしを整理する設計

2026-10-11

一本の線に、熱を宿すーAI時代における設計者・建築家の職能について column443

一本の線に、熱を宿すーAI時代における設計者・建築家の職能について

最近、SNSやこのコラムにおいて、『手書き・鉛筆』という図面の引き方について、CADとの対比を交えて描くことが増えました。

単なるノスタルジーや

『昔取った杵柄(きねづか)』を語りたいわけではありません。

設計の現場にもAIの波が確実に押し寄せてくるいま、

『果たしてこれからの時代に、設計者・建築家の職能とはどこに残るのか』

という問いに、私自身が直面しているからです。

膨大な過去データ、試験結果、製品データの組み合わせからは、決して読み解けないものがある。

その『決して一般化できないもの』を読み解き、空間として定着させることこそが、

設計者・建築家に残された唯一の領域ではないか。

そしてその領域とは、突き詰めれば

『最初の一本の線を、どう引くか』という身体的な行為に行き着くのではないかと考えています。

 

■トレペの上で書いた冷や汗と大工の言葉

手書きで、図面を引いていた修行時代、設計初手は

『これから描こうとする図面そのものの大きさが、目の前の紙のサイズに収まるかどうかを把握すること』から始まりました。

CADのように、いきなり描き初めて、後から印刷枠に合わせてトリミングする、などという便利な真似はできません。

描き進めた末に、目の前のトレーシングペーパーにどうしても

収まらないと判明した瞬間の絶望感と冷や汗は、今でも鮮明に思い出せます。

何を表現したいのか。縮尺はいくらが適切か。平面と立面だけで足りるか、立体的な図も添えるべきか。 

手書きの図面とは、単なる意思伝達の指示書にとどまらず、

『設計者がどう格闘したかという思考のプロセスそのもの』を共有するような一枚でした。

かつて、ある大工さんに

『手書きの図面は、何を言いたいのかがよく分かる』と言われたことがあります。

理由を尋ねると、

『図面に気持ちが載っている。

大事な取り合いの部分は、線が自然と濃くなっているからだ』と笑っていました。

見透かされているようで気恥ずかしくもありましたが、手で思考を表現していくとは、本来そういうことです。

『ここが要なんだ』という熱量が、線の太さや筆圧となって現れ、職人の身体へと伝播していく。

 

■AIに委ねるべきもの、手放してはならないもの

好むと好まざるとに関わらず、設計におけるAIの活用は必然の未来です。

あっという間に

『敷地図、要望と予算を伝えて、〇〇風のプラン5案』

と入力すれば、法規をクリアしたそれらしいプランが瞬時に吐き出される時代が来るでしょう。

そのデータを持って、建て主自らが工務店を巡る光景も珍しくなくなるはずです。

 

その未来において、私たちは何を残し、何を手放すべきなのか。

 

設計業務の中には、むしろAIへ積極的に委ねるべき領域があります。

 仕上げ表、各種伏図、展開図、建具表、器具リスト、設備プロット図といった

『思考を施工者や施主へ分解して伝えるための図面』です。

あるいはエラー出し、整合性チェック、法規チェックなど。

これらはAIに任せ、徹底的に合理化を図るべき範疇です。

しかし、どれほど技術が進化しても、決して機械に委ねてはならない、、委ねようのない領域が存在します。

それが、

『配置図・平面図・断面図(矩計)』

という、空間の骨格を決定づける図面です。

歴代の優れた住宅作家たちが、多くの実施図面をスタッフに任せながらも、

最後まで「平面詳細と矩計」だけは

自ら手を動かして手放さなかったように、この図面群には

『敷地に対してどう建築を構えるか』というゼロイチの思想がすべて凝縮されています。

敷地に赴き、街を見て、ここでどう建築するか。

 

外部とどう繋がり、どこから風と光が差し、内部の空間同士はどう関わり合うのか。

そしてその建築が、街や暮らすご家族に対してどういう効果をもたらすのか。 

 

敷地条件に、世界で2つとして同じものはありません。どれほどAIが一般解を学習しようとも、その土地固有の文脈を読み解くことだけは、

設計者・建築家の身体知にしか担えないのです。

 

■建築の両端に立つ

こうして考えていくと、設計者・建築家という職能の本質は、設計プロセスの『両端』にしか存在しないことがわかります。

 

・初手:敷地に対して最初の秩序を引く『ゼロイチ』の意志決定

・最終手:素材と素材が出会う境界を仕舞う『ディテール』の身体感覚

 

敷地が持つ固有の環境と、自然素材が一本一本抱えている「狂い」や「揺らぎ」。 

この割り切れない現実を受け止め、時に格闘しながら、一本の線から立体を建ち上げていくこと。

太い鉛筆を握り、線の幅を確かめながら、

紙の上で我々の素材:線と対話を繰り返す。 

大工のように素材そのものを直接削ることができない設計者・建築家にとって、

鉛筆を走らせて思考を重ねる時間こそが、現場の物質性と繋がるための唯一の架け橋なのだと思います。

効率化が極限まで進むこれからの時代、こうした泥臭い身体知や、一本の線に込める熱量を、

若い世代が憧れや目標の対象として見てくれるかどうかは、正直なところまだ分かりません。

 

少々、心もとなさを覚える部分でもあります。

しかし、安易な一般解に逃げず、土地の特徴と素材の厚みに最後まで向き合い続けること。 

その不器用な誠実さの中にしか、人が永く愛せる建築は建ち現れないと、

私は信じています。

 

 

 

今回も長文お付き合いありがとうございました。

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