建築感を感じる旅 ドイツヴォーバン・フライブルグ編
|
いよいよこの旅の最大の目的地ドイツフライブルグ・ボーバン地区の視察です。
|
フライブルグ在住の環境ジャーナリスト村上敦さんの講演の後、旧市街、他見学に廻りました。
|
フランス・スイスに近いドイツ南西部に位置するフライブルグ、面積は約153K㎡、人口
|
約23万人。人口的には兵庫県宝塚市同等の街で、面積は宝塚市の1.5倍程です。
|
フライブルグは高度成長期の築40年〜60年の集合住宅の断熱改修が盛んとの事でした。
|
元々、建物を資産と考えるドイツ人は20年に1度程度資産価値向上の為、自主的に改修を
|
する文化が有るそうです。日本と、ドイツではこのスタート地点が大きく違う様に思います。
|
更に、ドイツには「熱的な既存不適格建築物」という考え方が有り、外壁の塗装の際にも
|
併せて外壁の断熱改修をする事が義務付けられているそうです。
|
補助金と、需要で材料・工事費用も安価となり、地域の断熱工事従事者も潤う地域循環
|
経済が成立している様です。
|
また、画一的な間取りの集合住宅も多様な入居者を斡旋するため、面積、間取りも多様に
|
変更し入居者の傾向が偏らない様工夫されていました。設備的には地域暖房を採用する等
|
小規模で、エネルギー循環出来る街の施設と建物、仕組みが有りました。
|
変わって旧市街ですが、ここは第2次世界大戦時にほぼすべてを焼失したそうですが
|
復興の際、元の姿に戻す政策の元、自動車の乗入れを規制し、トラム、自転車、徒歩
|
を中心とした移動スピードの緩やかな街づくりを選択します。
|
石畳で整備された自動車の無い街は、ゆったりと人々が行き交いとても23万人の街とは
|
思えない活気で賑わっていました。
|
フライブルグ旧市街の世界一美しい通りと賞される通りですが、ここ以外も街はどこも
|
美しくかつ、自動車の気配が全く有りません。
|
それは計画的に自動車の乗入れを規制するだけでなく、その騒音までも計画的に遮断
|
する為の遮音計画もされているという事でした。(見事に遮音されていました)
|
ヴォーバン地区ですが現在は世界最先端の環境先進都市として認識されていますが、
|
第2次世界大戦時は、フランス軍の駐留地として占拠されていて、戦後返還され住宅地
|
へと変貌します。そこでの現在に至るまでの数々の選択が上手く機能している事も特徴です。
|
特に交通インフラ。ヴォーバン地区は自動車の乗入れが規制され公共交通機関と自転車を
|
主な移動手段としています。多くの通路は自転車が通る、子どもが遊ぶ安全な通路です。
|
街区の計画段階では自動車の乗り入れを徹底的に規制し、しかし不便・我慢は無い様、
|
トラムと自転車移動を基本とした街区配置、カーシェア制度、等が充実しています。
|
こうした住民参加で決まった交通インフラの整備により、安全と静寂が担保されています。
|
児童公園の計画も同様に住民参加により計画され遊具に頼らず、切り株やビオトープの
|
設置で子どもに委ねる「遊びを考える」公園が出来ていると思いました。
|
その建築方式も特徴的で、「建築グループ」というグループで建築計画が進みます。
|
これは住戸(ほぼ集合住宅)建築前に入居予定者が参加し、ワークショップを行い、
|
そこでの「決めごと」を元に住戸を建築しています。
|
住戸、公園など、その殆どが「共有・協調」の精神で成り立っていて、各建築グループの
|
裁量でエネルギー重視、住民の関係性重視、など特色のある住戸群が生まれています。
|
公園も特に目立った遊具は無く、大木の切り株が置かれていたります。植栽は街の住人が
|
共同で管理し、樹齢70年以上の菩提樹など、伐採規制もあり緑豊かな街を維持しています。
|
共有、協調の精神で住民参加による「持続可能なスモールシティー・ヴォーバン」
|
日本の特に地方都市の進むべき道がここに有る様に思いました。
|
今回の旅を通じて、日本の街づくりが規制と個人の利益の追求の為、如何に心の通わない
|
無秩序な街になっているかが見えて来た様に思います。
|
「考える、工夫する、話し合う、共に作り、育てる」昔の日本人が得意としたであろう
|
この思想を全て器具と規則に置き換えた結果が日本の町並み、公園、各住宅の区画等に
|
現れているのではないかと思います。
|
また、この状況にどう向き合うべきかを考える機会ともなりました。
|
この様な機会を共有させて頂いた皆様に心より感謝申し上げます。ありがとうございました。
|